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旅行記 6~7日目 四国旅行記

Posted by Seji Murasame on 04.2008 SS/小説   0 comments   0 trackback
※ 今回は長いです。

9月1日。旅行6日目。

月が替わり、巷では学校も始まり、制服姿の男女がいそいそと道行く様が目に付くようになりました。
夏と呼べる時期も終わり、自然の上でも生活の面でも、これから急速に秋へ向けて加速していくことでしょう。

この日から二日間かけて、四国の太平洋沿岸沿いに、徳島から高知を経由して松山を目指す、二日間の車旅の始まりです。

朝八時、徳島で一泊した私は予約しておいたレンタカー店で車を借りました。車種はマツダのアクセラ。
まずは第一の目的地である室戸岬を目指し、進路を南へ向けて車を走らせました。

しばらくは室戸岬まで直通する国道55号線に沿って進み、しばらくして進路を変え、海沿いを通るルートに入りました。
国道を抜けると、とたんに周囲の様相はがらりと変わり、典型的な田舎道から、徐々に獣道と見まがうような狭く危険な道へと変貌していきます。
かろうじてコンクリートで舗装はされているものの、道沿いに延びた木々や草の枝葉が道路上まで入り込んで視界をさえぎり、道の両脇が崖のように切り立ってガードレールもなく、タイヤを滑らせたらそのまままっさかさまに落ちてしまうようなポイントがいくつもありました。
肝をつぶしながら、それでも何とか車を進めていると、山すそから、徐々に青く雄大な太平洋の遠景が見えてきました。

徳島1  徳島2


徳島県海部郡美波町の位置するこの辺りの海岸は、海からそのまま山へと繋がっているような地形で民家もほとんどなく、海沿いに小さな漁村が点々と存在しているといった感じです。
先の記事でアップした写真はそのうちのひとつで、雄大に連なる山々のふもとに、ぽつんと小さな漁港が点在する様はとても風情に満ち、古から続く人々の営みの何たるかを実感させるものでした。
晴天の下に広がる太平洋も素晴らしく綺麗で、明るく深みのあるマリンブルーがどこまでも広がっていました。
道路は相変わらず険しく起伏にも満ち、国道まで戻るのに2時間以上もかかってしまいましたが、一連の四国ドライブのなかでも特に美しかった景色を、早くもその間に何度となく拝ませてもらえました。


牟岐を過ぎたあたりで国道へと戻り、そのまま海岸線を沿って室戸岬まで伸びていきます。
切り立った崖を沿うように道路が延び、その反対側を波飛沫を立てた磯がどこまでも広がっていました。
時刻は1時を回っていました。相変わらずの晴天で日差しは強く、波にぬれた岩が陽光を反射してきらきらと輝いていました。

徳島3  徳島4

正直泳ぎたくて泳ぎたくてたまりませんでした。水着の用意をしてこなかったのが心底悔やまれます。
時刻はそろそろ涼しくなり始める時間に差し掛かっていましたので、いまさら店屋を探して買いに走るわけにもいかず、今回は泣く泣く諦めざるを得ませんでした。下着一枚で突っ込めばよかったかな、と今でも考えたりします。


室戸岬へ到着したのが午後2時半。
突き出したように伸びた岬の頂点に、中岡新太郎の大きな像が悠然とそびえたっていました。

室戸岬1  室戸岬2


写真では、かなり切り立った崖のような地形に見えますが、実際に岩はそれほど高くなく、海面までそのまま徒歩で降りていける状態でした。
膝がつかる程度まで海に入ってみましたが、ひんやりとしていて気持ちがいい。ただ、かなり尖った岩が散在する磯だったので、泳いだり遊んだりするのは若干危険そうでした。

30分ほどして室戸岬を後にしました。時刻は午後3時。そろそろ陽が傾きはじめる時刻です。
途中、険しい道を運転したせいもあり、だいぶ疲れがたまっていましたので、以降は休み休み、ゆっくりと進みました。

午後6時ごろ、高知駅に到着。
この日はここから少し先へ行った朝倉駅というところの近くで一泊することにしました。

高知駅  高知城



二日目、午前6時に出発。
その日最初の目的地は、日本最後の清流と呼ばれる四万十川です。

昨日の晴天からうって変わった曇り空。途中小雨もぱらつきはじめ、海岸沿いを走るも景色はあまり良いとは言えませんでした。
それでも、9時ごろ四万十川観光の拠点となる中村駅へ到着したころに、ちょうど良く日差しとともに青空が。もう今更なので驚きませんでした。晴れ属性万歳。

四万十1  四万十2

四万十市の中心部を流れる四万十川の流れはとても穏やかで、このところの不安定な天候でも、それほど影響が出ているようには見えませんでした。
中村駅の観光案内所で周辺地図をもらい、少し上流へと車を飛ばしてみます。

四万十川には「沈下橋」と呼ばれる橋がいくつも架かっており、観光の際の目印的スポットとして、また夏場は地元の子供たちや観光客による、川遊びの拠点として賑わっているとのことです。
もらった地図に載っていたなかで最も上流に位置する「勝間沈下橋」を目指しました。

事前に調べた情報によると、なんでも沈下橋の上は車で走れるとのこと。
地図で調べてみると、川の両脇に車道が存在するとのことなので、勝間沈下橋の一個手前の「高瀬沈下橋」に降り、ためしに橋の上を車で渡ってみました。
橋の幅は、およそ車一台分がギリギリで通れる程度の長さ。もちろんガードレールの類などはついてるわけもなく、進む方向を間違えれば、すぐさま川へまっさかさまです。
なんでこんなところを渡ろうなんて考えたのか。
自分の浅慮さを頭のなかで罵倒し尽くしつつ、冷や汗を掻きながらなんとか橋を渡りきることに成功しました。
しかし悪夢はそれで終わらず。
渡った後、川沿いを進む道は、昨日の山道に勝るとも劣らない危険きわまる道でした。
道脇は切り立った状態で、やはりタイヤを滑らせれば下までまっさかさま。しかも道幅は本当に車一台分がやっと、という程度で、寸分たりともハンドル捌きを誤ることはできません。
思えば、旅行前半の夜の八甲田山強行軍といい、昨日の山中獣道の突貫行といい、今回での車旅はほとほと危険な道に遭遇します。こんなスリルは要らないのですが。

かろうじて事故ることもぶつけることもなく、勝間沈下橋まで辿り着きました。
こちらは先の高瀬沈下橋と違って橋幅も広く、悠々と車で渡りきることができました。
なんとか心の余裕を取り戻した私は、改めてこの橋と、上流の四万十川の様子を写真に収めることができました。

勝間1  勝間2


四万十3  四万十4  四万十5

川の色が緑色になっていますが、これは周囲の山を水面が反射して出ている色です。
下段二枚目の写真をご覧になってもらえればわかりますが、川の水は本当に綺麗で、特に橋の真ん中のあたりから見下ろしても、かなり深そうにもかかわらず用意に川底まで見通せるほどでした。
日本最後の清流の看板に偽りはありませんでした。


さらに上流にも行きたかったのですが、時間の関係で今回は断念。川遊びも体験したいので、いつか夏真っ盛りの時期にもう一度ここへ訪れることを心に決め、今回は四万十川を後にします。
下流へと向かう途中、カヌーによる川渡りの店があり、そこで現地の素材を使用して現地の住人の方が作ったお弁当を売っていました。
朝も食べていなかった私は一も二にもなく購入。四万十川で取れた新鮮な鮎をネタにした寿司をはじめ、現地の様々な食材を存分に堪能しました。川海老の佃煮が特に美味しかった。

四万十6


四万十市を抜けた私は、今度は四国の南西の端、足摺岬を目指しました。
川から離れた途端、またまた天気がぐずつき、雨がぱらつき始めたのですが面白いものです。本当に今回は、私の動向にあわせて天候がころころ変わっていくような気さえします。
そしてやっぱり、2時間後に足摺岬を到着したころには、またまた晴れ間が見え始めていました。

足摺1  足摺2

足摺3  足摺4

室戸岬とは違い、こちらはまさに断崖絶壁という言葉がぴったりの光景でした。
下段右の写真は、天狗鼻と呼ばれるポイントで、そこから見える灯台は、四国でも特に有名な景勝ポイントだそうです。
ただ、そこまでの道がかなりの獣道で、しかも少し不気味な雰囲気もしたので怖くなってパス。
ここは、実は有名な自殺スポットだとかいう余計な噂が耳をかすめてしまいました……。

足摺岬を出たとき、時刻は午後2時近くになっていました。
午後8時までに、松山のレンタカー店へ返却しなければなりません。ここからは松山までは200キロほど。一直線に進みます。
時間に余裕があれば佐多岬なども回ってみたかったのですが、今回は断念せざるを得ませんでした。

ただ、一点だけ。どうしても寄りたいポイントがありました。
おそらく、JRを利用する人なら誰でも一度は目にしたことがあると思います。

青春18きっぷの宣伝ポスターを飾る、あの駅です。


下灘1  下灘2

予讃線、下灘駅。
ホームの真下に海が広がる、あの駅です。
最近になって、ホームと海の間に車道ができてしまいましたが、それでもこの場所から眺める海は、やはり格別なものがありました。

時刻は午後6時前。日没も間近です。
太陽は雲にすっぽりと覆われていますが、オレンジ色の夕焼けが雲の隙間から照らしています。
なんとか、この駅から夕暮れの海の写真を撮りたいと思いました。

下灘3

雲の切れ目からようやく太陽がわずかに顔を見せました。
鮮烈な赤い陽光が放たれてきます。その光を受けた海が、赤い反射光の帯を作り出しました。

下灘4

しかし、太陽はあっという間に隠れてしまいました。
雲は厚く重く。
これで終わりかなあ、という諦めの気持ちが内心に充満してきます。


しかし、その直後。

下灘5

不意に雲が切れ、沈みかけの太陽がふたたびその姿を見せました。
たちまち海上に、先ほどとは比べ物にならないほどはっきりとした光の帯を結びはじめ、周囲が赤とオレンジの夕焼け色に染まりはじめます。
太陽は徐々にその丸い姿をくっきりと露にしはじめていきます。

下灘6

ついに太陽が全身をさらしました。
強烈な光を反射し、くっきりと帯を結ぶ海上。
駅舎もレールもホームもすべてが夕焼けに染まっています。
そのなかを、ひときわ明るい太陽が鮮烈に視界すべてを照らしあげていました。

下灘7

地元の方らしいお爺さんが、ホームの椅子に座り込み、穏やかな表情で見ています。
私の横では、ともに写真を撮っていた旅行者らしい若者が、カメラを持つ手をだらりと下げて、陶然とした表情でその景色を眺めていました。


下灘8

数分ほどして、太陽はまた隠れてしまいました。
最後、別れを告げるようにもう一度、わずかにその姿を見せると、そのまますぐに雲の内へと隠れ、それ以降姿を見せることはありませんでした。
夕暮れの明るさが、徐々に宵闇に侵食されていくなか、私は下灘駅を後にしました。
その後もしばらくの間海岸沿いを走りましたが、周囲がどんどん暗さを増すなかで、空と海のみが、先ほどの余韻を残すかのようにいつまでも赤色をたたえたままでいました。


午後7:20、松山駅前へ到着し、レンタカーを無事返却。
そのまま松山の路面電車に乗り、近所の道後温泉でささっと温泉に浸かりました。
道後温泉郷の顔である「道後温泉本館」。日本最古の公営温泉とのことで、建物のとても古風で趣き深いものでした。写真を撮ることを忘れたのが本当に残念でなりません。また来いということですね。

午後9時55分。松山観光港からフェリーに乗りました。
四国旅もこれにて終了です。

ビールで乾杯しながら、離れ行く港と四国の地に別れを告げました。
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